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生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

シャツを買う

私の普段の服装は、リーバイズのジーンズに長袖のシャツを着る。ジーンズはストレートできちんとベルトを締める。シャツはボタンダウンのシャツが多い。裾をズボンの中に入れて着る。
この2年ほどの間に4枚ほどシャツを引退させた。大抵は襟が擦り切れる。
擦り切れたシャツを捨てるごとに、残ったシャツの負担が増えて、ますます擦り切れていく。悪循環である。シャツを買いに行くのに着るシャツがあるうちにシャツを買いに行かなくてはならない。
しかしながら、男性用のシャツは結構高価である。妻はもう少し安いシャツを買うべきではないかというので、半年ほど以前に、安めのシャツを売っている店を見つけて買ってみた。サイズや形をいろいろ選べる上に、試着用のシャツが用意されており勝手に羽織って確認できる。良心的な店と感じ、明るいブルーのチェック柄のシャツを一枚買った。慥か5000円くらいだったと思うが、気に入らない。何だろう。よく分からないが、布地が安っぽいのだろう。二三度着てみたが、ローテーションから外れてしまった。この様な事を書くに当たり、改めて着てみた。
私には合わない。「似合わない」ではなく、合わない。
シャツの値段は、上を見ると切りが無い。
気に入るかどうかが重要で、気に入った場合は値札を見る。シャツ一枚にこんなに出せないと思えば諦める。その基準は私の中では一定であるつもりだが、様々な家計を考えた上でコスト削減の必要性を実感している妻と摺り合わせることが難しい。
ジーンズはいつも同じものを履いていることを妻も知っているので、このような摺り合わせは必要ない。おおよそ1年乃至2年に一本程度買い足すと上手いこと回る。たかがブルージーンズ一本に何でこんなにお金を出さなきゃなんないの?というのは私自身がいつも感じているが、長年同じものを同じサイズで履いているので、今さら何か別のものを探す気がしない。(同じ型番のものでも何年かに一度、私にとってかなり大きなモデルチェンジはある)
妻と十分な話し合いも合意も無いまま、先日何かの用事で元町に行ったとき、百貨店の紳士服売り場に立ち寄りシャツを見た。とても触り心地のよい白地に紺色のストライプのシャツを見つけた。気に入ったのだ。男性店員と少し話をして、購入した。安くは無いが、とんでもない値段でも無い。高いが、まぁ何とか許容範囲である。長持ちしてくれると良いと思うような値段である。
妻には説明した。「シャツが足りないのだ。そして、大変気に入ったのだ」
実際、大変着心地がよい。しなやかな感じで播州織の素材を使っているそうだ。サイズも丁度よく、似合っていると思う。
取りあえず一枚手に入れたが、あと二枚くらいあった方が良いと思う。三宮で同じブランドの店を覗いてみた。女性の店員が応対してくれた。
「今日着ているシャツが大変気に入っているので、同じ素材のシャツを選びたい」と申し上げると、店員が何種類か見せてくれた。そして、彼女は私が着ているシャツを褒めた。
「私を」では無く、「シャツを」褒めた。
要するに、お客さんが着ていると、そのシャツはとても素敵に見える、という。
あくまで、私で無くシャツを褒めたのだが、私はこれを大変好ましい褒め言葉と受け取って、大変気をよくした。
ピンク色(自宅で改めて見ると紫色だった)のチェックのシャツを選んだ。遠目に見ると淡い紫の無地に見えると思う。
気持ちよく店を出ようとしたとき、職場から持って出たはずの傘が無いのに気付いた。バスの中に忘れたのだろう。
慥か、先週の木曜日の出来事である。