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生活

ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

帰省中の出来事

両親に会いに、家族で帰省した。
もうかれこれ20年ほど続けている。お盆の時期に家族6人で北海道まで往復するには、かなりの予算が必要である。今になって思うが、帰省を続けて良かったと思う。
両親や、親戚は毎年私たちが訪問すると思っているし、子ども達は従姉妹達と仲が良い。
残念ながら次女が大学のサークルの都合で参加出来なかったので、一人で留守番してもらうことにした。
我が家で飼っている犬とインコとハムスターは、ペットホテルやペットショップに預かってもらった。
今年はフェリー利用で、往路が舞鶴から小樽、復路は苫小牧から敦賀である。
片道約20時間であるが、船の中では読書していた。ほとんどの区間、インターネットは圏外になる。ラウンジのテレビではBS放送が映っている。オリンピックの中継が主だった。
小樽に上陸し、その晩は妹夫婦の家にお世話になった。
翌日、実家に車で移動し、途中、美唄で高速道路を降りて、
ARTE PIAZZA BIBAI アルテピアッツァ美唄 -安田侃の彫刻公園-
に立ち寄った。古い小学校の建物を利用している。展示内容も含めて、とても印象に残った。
美唄が炭鉱によって栄えた町で、炭鉱の閉山とともに寂れていったことを改めて思い出した。子供の頃に大きな炭鉱事故が何度も続いたことも、何となく覚えている。学校の建物も含めて、全てが懐かしく感じられた。
とてもきれいに整えられており、心地よい空間だった。
自宅に到着し、直ちに墓参りに出かけた。
父母も随分歳を取っているが、私自身も老いた。
夕食の宴。その前に、長女と姪、甥、4人でジョギングした。
長女と同じ歳の仲の良い姪は往復3キロほど。私は20歳の甥ともう少し余分に走ることにした。
彼は高校の時に陸上部で長距離を走っており、オリンピック中継の3000メートル障害レースを見て、自分も走ったことがあると言っていたので、一年間の浪人ののち、大学生になって特に運動はしていないようだが、私の練習パートナーには少し勿体ないくらいである。
女の子達と分かれてから、田んぼの中の道を大回りした。走り始めた直後はなかなか身体が暖まらず、若い人たちに付いていくのに苦労したが、長女と従姉妹が引き返してから少しペースを上げた。
6.63km, 38m11s, 392cal, 26°61%
最後の3キロくらいはおおよそキロ5分を切るペースになった。
夕食に寿司をご馳走になり、ビールやワインを飲んだ。
三日目は、朝から動物園に出かけた。三女は動物の飼育を学んでいるので、参考になると思った。
ニュースでユキヒョウの赤ん坊が産まれた話しを耳にしていたので、私自身も興味があった。
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ここの動物園の特徴は、動物が良く動いていること。
クモザルやテナガザルの動きに驚かされ、オランウータンの子供も大変愛らしかった。
ワオキツネザルの尻尾は、何か大変特殊な役割を持っているのだろうと思う。
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一番印象に残ったのは、カバだ。
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大変迫力があった。
もちろん、ユキヒョウの赤ん坊も見た。アムールトラの赤ん坊も生まれているようだ。
ペンギンが泳いでいなかったのが少し残念だった。
何にせよ、園内で飼育係は大変忙しそうだった。園内を見回る園長も見かけた。
妹夫婦は姪を残して帰った。夕食は妻とむすめ達が水餃子などを作った。
父も母も大変喜んでくれた。
ギョウザが出来るまで、私はジョギングに出た。35年ほど前、私が走ることに目覚めたときのコースをもう一度走ってみようと思った。自宅からぐるりと一周。石狩川の河川敷を走った。おそらく、自分の原点であろう。
11.44km, 1h09m44s, 687cal, u/d 30m, 26°59%
マァマァ涼しいが、やはり夏である。
美瑛、中富良野経由で三笠に抜け、札幌に立ち寄って苫小牧からフェリーに乗った。札幌市内で土砂降りの雨に遭ったが、何とか苫小牧到着。長女が完璧なナビゲーションをしてくれた。
フェリーに乗ってからは台風の影響は無く、穏やかな航海だった。
良い旅だったと思う。
留守番の次女はいろいろと苦労していたようだ。
ペットホテルに預けられた犬は、ちょっと痩せたようだ。