生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

10年前に髪を切ったこと

自分が「不倫」についてどのようなことを書いているか、検索して、およそ10年前に書いた文章が出てきて出て興味深かったので引用する。長かった髪を坊主頭にしたことが書いてある。
あす、私は美容師と会うことになっている。
10年近く前に髪を短くしたときに考えていたことが記録されていて、貴重と思う。
タイトルは「禿げ」である。

hogeではなく、ハゲ。
本来、体毛が密生している部位で、あるべき状況より体毛の密度が低いこと。
そう言う状態を禿という。
気にする人にその様な言葉を投げかけると、傷つけることになる。ハゲだけは勘弁して、という若い女性も多いだろうが、心配要らない。
あなたの素敵な彼氏が禿げる確率はかなり高い。
40歳を過ぎて、頭髪の何処かが薄くなっている確率は、犯罪者になる確率や、不倫関係がばれてすったもんだの大騒ぎになる確率よりもかなり高いに違いない。
何より、ハゲは当人に何ら責任がない。生涯の伴侶を選ぶ基準に頭髪の密集度を加味すると、人生を間違う可能性がいくらか増すだろう。
先日、頭を丸刈りにした。それまでは、後頭部で括れるほどの長髪だった。伸ばしていたことに積極的な理由はない。別段髪型などどうでも良いと思っている。どうでも良いなら、何かその髪型を選ぶ必然性が必要だ。
髪を撚って立てている少年に尋ねたい。なぜ立てるのか。きれいに分け目を付けている律儀な青年に教えてもらいたい。どうしてそこで左右に振り分けるのか。あらゆる髪型の人々に尋ねたい。どうしてその様な髪型にしているのか。理髪店でどのような注文を付けるのか。
私は理髪師や美容師と会話をするのが苦痛だった。世間話なら別に構わないが、どのような髪型にするか尋ねられるのが苦痛だった。分かりません。さっぱり分かりません、と云うのが私の返事だったから。それでは会話が成り立たないので「どうしたらいいですかね」「お任せします」「前と同じで」というようなことでお茶を濁すと、技術者もお茶を濁す。技術者は彼らなりの技術を私の髪型のために提供してくれる。その対価を支払う。
しかし、おおよそ二ヶ月も過ぎると、私の髪型は収拾が付かないような雰囲気になり、私は再び技術者の元に行かねばならない。頓珍漢な会話を交わさなくてはならない。てるてる坊主のような格好をさせられ、クビ廻りの圧迫に一時間近く耐えねばならない。
何より、自分の肉体の一部たる髪型を技術者に依存せねばならない。
わたしにとって必然は、髪型を気にしないことである。男性で髪を伸ばす人が少ない理由は、髪を伸ばすことがかなりの苦痛を伴うからだと思う。伸びきるまではたいそう邪魔だ。また、周囲から遠慮のない批評が耳に届いてくる。その様なことで苦労したくないと思う人が大半だから、髪を伸ばす人は少ない。髪を染めるのは美容師にいくらかのお金を払い、暫くのあいだ耐えて座っていればそれで済む。髪を立てたいと思ったらコンビニで何か整髪料を買ってきて適当に撚ればそれで済む。
さぁ、私は明日から長髪にする、と云っても直ぐには伸びない。一年くらいの計画で、苦痛に耐え、批判に耐える覚悟が必要なのだ。
我が家には電動のバリカンがある。普段、私が息子の髪を刈るのに使っている。自分で自分の髪を刈ろうと思ったが、これはちょっと経験が必要だ。娘に手伝ってもらい、まぁまぁの丸刈りとなった。
どうしたのかと尋ねられる。あなたを驚かせるためです、と云うのがジョークのネタだ。
切ると短くなる、驚くことは何もない。むしろ、突然長くなった人に同じ質問をぶつけたらどうか。急に長くなりましたね。どうしたのですか。
気にする人にその様な言葉を投げかけると、傷つけることになる。

それから、「不倫」というタイトルで二度書いている。ともに2007年のことである。恐らく、著名人の不倫が話題になったのだろう。上に引用した記事も同じ年に書いている。
tomomi.hatenadiary.com
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10年前は若かったと思う。当たり前だが。


走る積もりで家を出て、臨港線を西に向かった。左脚の大腿二頭筋に少し痛みを感じたので、ウォーキングに切り替えた。芦屋川から43号線、深江から女子大まで坂をのぼって開森橋まで降りて、山手幹線を通って帰ってきた。かなりキツかった。ウォーキングはキツい。走る方が余程楽だ。
12.15km, 1h52m06s, 912cal, u/d 122m, 25°