生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

夜の動物園、ほか

帰省中である。

大変涼しい北海道である。

札幌から妹夫婦達と実家へ向かう途中、北竜町のひまわり畑に寄った。

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実家の裏のラーメン屋で懐かしい味の昼食を済ませた。

両親と挨拶した。

姉もやって来て、夕食は実家でジンギスカン鍋。久しぶりで大変美味しかった。

夜は両親と話し、実家で寛いだ。

翌日。

家族で墓参りへ。

歩くのがかなり不自由な母も連れて行った。

私は、時間を見つけてジョギングに出た。

子供の頃住んでいた社宅の跡地などを走って廻った。右太ももの違和感は残っていた。ほとんどペースは上がらず。

本番のマラソンに向けて、不安感と安心感が交錯する。

10.33km, 1h4m30s, 625cal, 24°

夕食は手巻き寿司。父が色々と準備をする。

済ませてから、地元の動物園へ。

夜間にもかかわらず、大変混み合っていた。

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丘の上にすっくと立つオオカミのシルエットが大変印象に残った。画像はユキヒョウと思われる。

帰宅してから、父とワインを飲んだ。

翌日、父が有り合わせと言いながら、朝食を準備してくれた。

昨年と比べると、父の料理は大変な進歩である。昼食も、冷麦をご馳走になったが、大変美味であった。

息子は意外なほどセルフコントロールができていたと思う。長女はリーダーシップを発揮してくれた。絵も何枚か書き上げたようだ。三女はバイトの話しで盛り上げてくれた。

妹宅に立ち寄り夕食をご馳走になり、フェリー乗り場へ。

残して来た妻と次女のことが気になる。

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父が用意してくれた朝食と、昼食である。

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船中

船旅は、年に一度だが、もう何年も続けているので慣れている。

子供が育って殆ど手がかからなくなったので、そのぶんゆっくり出来るようになってきた。

十数時間、インターネットの圏外に置かれるのもまた良い。

本を何冊か持ち込んで読んだ。

「ホロコースト」中公新書

人種、宗教などの偏見から差別され、行われた厳しい迫害の歴史を読むにつれて、今の世の中に現れている人種にまつわる差別にヨーロッパの人々があれ程までに敏感な理由が理解できた気がした。

あらゆる意味で、私は差別に寛容であってはならないと思う。今の私たちの周りに、当時を思い起こさせるような出来事があるように感じる。

ホロコーストの歴史を学ぶべきである。

有意義な時間を過ごしたと思う。

北海道は大変涼しいようだ。

そろそろ小樽に入港である。

2017年の帰省

暑さのピークを少し過ぎたかもしれないと思った。

近くの野球場では炎天下に高校生が野球をやっている。テレビで観戦するには大変楽しいが、選手や関係者への負担はいかほどかと思う。観客として球場に出向くのも相当な勇気が必要だ。

シリアルとコーヒーで朝食を済ませて犬と散歩に出た。

風が心地よい。遊歩道をジョガーが行き交う。私が走った昨晩より、良い条件に思える。

仕事の傍、テレビで高校野球観戦。地元校が出場とのことで、朝早くから満員札止めだそうだ。

北海道代表が二校、出場したが、いずれも敗れた。

帰省の準備。田舎は北海道である。ずいぶん涼しいとのこと。一応、走る準備を荷物に入れた。

夕方に、近所のファミリーレストランで夕食を済ませてから出発した。体調の優れない次女と妻が家に残ることになり、私と子供3人で舞鶴からフェリーに乗る。

暑さのピークは過ぎたようだ。

 フェリー埠頭には夥しい数のバイクが並んでいるが北海道の天気予報は良くないようだ。

 数日間、妻と離れて生活する。

2017年の山の日

寝苦しい。
というか、寝ている間はよく分からない。目覚めたときの不快感が厳しい。
身繕いと朝食を済ませてから犬と散歩に出る。日差しが強く暑い。
居間のテレビからは高校野球の中継が流れている。この暑さの中、野球を続ける勇気は見習いたくもない。甲子園球場は我が家から3kmほどのところにある。
自宅で仕事をするが、どうにも集中できない。
夕方にバイクで出かけることにした。地図を眺めて、箕面の珈琲店を目標地点にした。バイク車載の温度計は常に37℃を越している。外気温だが、バイク自体の熱もあるので少し高めに出る。ラジエターのファンは走行中にもかかわらず断続的に回り続ける。膝から下がエンジンの熱気で低温火傷しそうである。
珈琲店に辿り着き、アイスラテを注文した。店内の席は満席で、外のテーブルに着いたが、バイクに乗っているよりは遥かに涼しく感じる。

帰りは新御堂筋経由で淀屋橋方面、高速道路に乗って湾岸線を通ったが、体力的に厳しかったのか、湾岸線が異常な暑さだったのか。
夕食を済ませてから、ジョギング。今日も三宮に向かうことにした。この一週間に30kmを越す距離を3回走ることになる。
大変蒸し暑い中、走り始めた。近くの駅で個室を借りてから、山手幹線を西へ。阪急芦屋川駅構内をぬけて阪急沿いの道を走り、岡本の市街地をぬけて住吉川沿いから阪急御影、六甲駅前をとおり動物園の北側から新神戸に降りていく。歩行者に舌打ちされ、そのご婦人と少し話をしたい気がしたが、無視して走り続ける。北野坂を三宮に向けて下り、旧西国街道をまっすぐ走る。暑いがまぁ何とかなる。西灘から二号線に入り、新在家、石屋川と進み、住吉川を上り、後は芦屋川に向けて下っていく。少しペースを上げたところで、右の太ももの裏側に痛みを感じ立ち止まった。肉離れのような感じではないが、鈍い痛み。残り6km余り、電車に乗るかとも考えたが、駅は結構遠い。少し歩いたが、とにかく足を進めることにした。深江で鳴尾御影線に入り、そのまま走り続けて帰宅。気にはなったがそんなにたいした痛みではないと思いつつ、出も最後まで痛みはあった。
32.74km, 3h32m13s, 2008cal, u/d 294m, 31°71%
走り終わる頃には少し涼しくなっていたと思う。
妻とビールを飲んで、風呂に入ってから就寝した。

8月9日

少し寝坊する。
このところ、朝が辛い。目が覚めた後、疲れていると実感する。中々布団から起き上がられない。蒸し暑さのせいで、安眠できていないのも理由のひとつだろう。
72年前の今日、長崎市に原子爆弾が投下された。8月6日は日曜日で家に居たので黙祷が出来た。今日は平日の上、11時5分に黙祷するのは難しい。8月6日、9日は休日にすべきと思う。
長崎市長は広島市長よりさらに直接的な言葉で政府に核兵器禁止条約の批准について対応を求めたそうだ。
職場では、同僚が休み、私一人で学生との勉強会。実験。
帰宅すると、家には犬とインコのみで、人間の家族は誰も居ない。妻からの置き手紙を元に、夕食を準備し、済ませてから犬と散歩に出る。満潮の影響で川の水位が上がっている。暗くて見通せないが、ボラの群れが泳いでいるようだ。
その内に、長女と次女が帰ってきた。次女は長男と京都に行って、ゼミのボスに弟を紹介したとのこと。体調が悪いなら無理をしなくて良いといわれ、救われた気分になったようだ。午前中に受診して、薬が変更になった。
明日は天候が不安定という予報が出ていたので、今日のうちに走りたいと思った。昨日30kmを走っていて、今日はどうするか。着替えて家の周りを一周して、一旦帰宅し個室を使ってから出直した。かなり無理は掛かるが、山登りをすることにした。
昨日、割と涼しい中で30km走り、その翌日、仕事を終えて夜の9時半から、合計標高差が460mで距離にして20kmを走るのが、果たしてどういう意味が有るのか。
疲れがどの程度溜まっているかよくわからない。朝起きるのが辛いのは、そのせいなのか?
もうじき、マラソン大会に出場するので、そのための練習という動機付けはある。
半袖のTシャツ、短パンで走ることにした。家を出て遊歩道を走っていると、どうも腹の具合が良くない。自宅に一旦戻ってトイレを済ませることにして、再スタート。
かなり、気温が高い。暑い。日中の熱気が残っているようだ。昨日の疲れもあるのだろう。走り始めたがペースが上がらない。昨日の疲れなのか、それとも気温が高いためか。よく分からない。二号線の信号待ちで少し止まり、どこに向かって走るか改めて考える。そのまままっすぐ走って、夙川駅前の信号待ちでまた考える。山に向かう決心を固めた。越木岩筋に入り、途中の自販機でドリンクを1本買ってウエストバッグに差し込んだ。3km地点付近、北夙川通りを渡ってから上り坂が始まる。越木岩神社の脇がもっともキツい勾配だ。県道82号に出てから更に上りが続く。この界隈はイノシシが闊歩しているので注意が必要である。ペースは全く上がらない。柏堂町の丁字路を左折し、住宅地を上って北高交差点を右折し柏堂神社付近(5.5km)で一旦平坦な道に出て、リハビリ病院の前は少し下りになる。イノシシアラートが激しく点滅するが、今日は出会わず。途中適宜給水しながら走り続ける。再び県道に出て、明治村から鷲林寺南町のお屋敷が並ぶ道を駆け上がり、海抜311mの最高点を通る時は少し涼しい気がする。ここから下り始めて一段落である。途中少し下るところはあるが、7.5km地点まで約4.5kmで290mの標高差を上ることになる。この間のペースは1kmあたり7分20秒程度。下りはかなり急で、脚にかなりの負担が掛かる。余りペースが上がらない。一気に下って夙川の源流を渡り、剣谷町に入る。著名人のお屋敷に町内会の当番の札が掛かっていて、著名人も町内会の当番をするのかと思いながら、柏堂西町の一番奥にたどり着き、そこから一気に下る。北高交差点を右折し、西宮北高の脇を抜け、苦楽園のお屋敷の中を走る。芦屋に入り、六麓荘の少し厳しい上りを登り切って、後はおおよそ下りである。またお屋敷の並ぶ中を走る。オルゴール博物館の近くを通って一旦西宮に戻り、11.5km付近、交番の前の自販機でドリンクを買った。苦楽園筋から日の出坂を下って市立芦屋病院の前を抜け、霊園前から道なりに浄水場から県道344号に入って後は下り。開森橋まで一気に下り、阪急芦屋川構内を抜けて自販機に寄って3度目の給水。芦屋川沿いを下り、鵺塚橋(ぬえづかはし)を渡って臨港線に入り、後は黙々と走って帰宅。鵺塚橋という妙な名前の橋は、平家物語に源頼政が退治した怪物にちなむとのこと。京都で退治された怪物の遺骸を埋めた場所なのだそうだ。夜走っているときは全く気付かなかった。鵺を埋めた場所の碑があるらしいので、今度観てみよう。
20.09km, 2h09m15s, 1229cal, u/d 467m, 31°79%
疲れて調子が悪いというよりとにかく暑かったようだ。
走り切れたことについて、ポジティブな気持ちになった。
マラソン大会まであと二週間ほどである。この後帰省するので、余り詰めて練習は出来ないと思う。
十分な練習をした上でレースに出たい。
つまり、出来ることはやるのである。そのためにはいろいろなやるべきことを能率良く終わらせていかなくてはならない。
何とうっとうしいのだろう。
京都のマラソン大会に申し込んでみるつもりだ。
2月末で、タイミングはとても良い。希望者が多いので、多分出場資格は得られないと思うが。

昨日は、台風5号が近くを通過し、私もいくらか影響を受けた。
阪神地区は雨風ともに殆ど被害はなかったと思う。ただ、気象警報が発令されて学生たちはお休みになり、私たちにも早めに帰宅するよう指示が出た。
この日は職場の同僚と4人で三宮に出て宴会をする計画があった。リスクは覚悟で予定通り居酒屋に集まり、酒と料理をいただいた。同僚と酒を飲むことは滅多にない。同じ方向に帰る人ともう一軒ハシゴしてから帰宅した。
本日は出張で、ネクタイ着用である。割と涼しかったが、途中雨に降られた。
5時半ころに帰宅し、夕食を済ませてから走ることにした。札幌のマラソン大会が迫っているが、十分な練習が出来ていないように感じる。出るかどうか、少し迷っていた。まともな練習が出来てこその大会出場である。
大変不安である。7月初めの体調不良で、思ったような練習が出来ていない。そして、老化による身体の衰えが漠然とした不安としてある。
土曜日とほぼ同じコースを同じ向きに走った。
感覚的にはその時よりかなり涼しい。
今日はまぁまぁのペースで走ることが出来たと思う。
32.14km, 3h08m40s, 1926cal, u/d 247m, 24°91%
結構汗はかいたようだ。
近道をするとペースが落ちるのは何故だろう。
腕をしっかり振り、脚を前に運び出すことを意識しながら走っていた。
2号線を走ると、住吉川と芦屋川の扇状地の起伏が結構キツい。
3時間腕を振り続けるので、結構鍛えられそうに思うが、それほどでもない。
先日、久しぶりに行ったバーのマスターに、腕の筋肉が落ちたと指摘された。
この頃は走るばかりで、鉄棒にぶら下がることが減った。
やむを得ないだろう。走り終わった後に着替えてストレッチ、筋トレと思うが、子ども達が夜更かしするようになって、中々思うに任せない。
少しくらい細くてちょうど良い。十分に役に立っている。

仕事に遅れがあり、いろいろなことが片付いていない。
残念である。何かと何かを両立させなければ意味が無い。
私の掌について書く。
身体の部分でもっとも特徴がない。ありきたりである。
ほぼ真四角の掌に、指が整って並んで付いている。ほぼ真四角である。手相もとりとめて特徴がない。
子供の頃から、掌が柔らかかった。だから、私はクラスメートと手を繋ぐのが嫌だった。小学校では遊戯やフォークダンスで手を繋ぐ機会がある。彼らの手はガサガサしていて、心地よくない。今でもそう感じることがあるが、私の掌は柔らかい。
まず指で触れて、心を許せば掌が触れる。触れた掌の柔らかさが私なのだ。
自分の掌が私にとってもっとも見慣れている。これが普通で標準的と思い込んでいる。もしかすると、真四角でずいぶん不格好なのかも知れない。
掌についてじっくり考えたのは初めてである。


一昨日は、娘の友人と料理を食べて、その後にバーで酒を飲んだ。私は酒に何かを混ぜることを快しとしないので、バーテンダーに頼むものは、ビールか日本酒。そして、ウイスキーは飲めないので焼酎のロック。困った客なのである。
昨日は、犬の散歩の後、職場に出むいた。日差しが強くたいへん暑かった。やるべきことを済ませて職場を離れた。花火大会の会場に近く、夕方頃にはたいへん混み合う。人の流れとは逆向き。三宮で書店に寄り、今片付けねばならない翻訳作業の参考になる教科書を買おうと思ったが、在庫がないという。ウエブ上で検索し、翌日配達可能と言うことで購入した。
自宅には誰もおらず。
夕食を済ませてから、走った。2号線から宮川沿いを山手幹線へ。岡本を住吉川まで走って御影から動物園方面へ。新神戸から北野坂を上り、三宮方面に下って旧西国街道を走り二号線に出る。
水の摂取を計画的にやろうと思った。4キロ地点の自販機でボトルを購入し、二キロごとに100mLずつ飲水してみた。割と調子よく走っているつもりで居たが、20キロ過ぎあたりで、軽い頭痛を感じた。どうやら熱中症の状況になったようだ。直ちに自由飲水として、しばらくして頭痛は治まったが、あまり良い練習とは言えなかった。脱水に対する備えとか、飲水のリハーサルにはなったと思う。
32.32km, 3h23m08s, 1960cal, u/d 281m, 30°/74%
ロングタイツ、長袖アンダーシャツで走った。給水は大切である。
たいへん疲れたと言って良いだろう。
日曜日。犬と散歩に出て戻ってきてから妻と三宮に出かけた。帰省の土産を手に入れるため。
いろいろと話をしながら歩いた。
三宮で蕎麦を食べて、デパートの地下を歩いて、それから元町に行った。良いものが手に入った。2つケーキを買って帰り、自宅で二人で食べた。
翻訳の仕事を片付けるため、走らず。
書籍は無事に届いたが、仕事に活用するには遅すぎた。明日は台風が近づくらしい。


8月6日、朝8時15分にテレビの前で妻や子供たちと一緒に黙祷した。
その後、市長の平和宣言は、
平和宣言全文:広島市長、日本政府に「共に生きるための世界をつくる責務があると自覚して」【広島原爆の日】
『国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。』という日本国憲法前文の一節を引用し、核兵器禁止条約の実効化に対する政府の努力を求めた。
総理大臣は、終始硬い表情で(むしろ、この場で挨拶することが不本意であるかのような表情で)挨拶を読み上げた。
平成29年8月6日 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ | 平成29年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ
字幕が出なかったのがなぜかは分からない。核兵器禁止条約に加盟しなかったことについて一切触れず、核兵器国と非核兵器国双方に働きかけを行うとのこと。
核兵器禁止条約に参加しなかったことに対し、わが家の子供たちは「世界に恥をさらした」と手厳しい。
条約に参加しないのであれば、核兵器廃絶に向けて条約を越える新たな展望が得られるような手段を示していただきたいと思う。この件は大変国民の関心が高いと思われる。今後の国政選挙では大きな争点として扱われるべきである。