生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

マラソン大会出場まとめ

3年ぶりに、マラソン大会に出場した。。
走り始めて(ジョギングを再開して)7年半になるが、この3年間はあまり熱心に取り組んだとは言えない。
そして、随分と歳をとった。
2022年に入ってからの走行距離はおおよそ1700kmほど。5月に75km、6月155km、7月90km、8月135km、9月81km。ちなみに、3年前は、年間で3660kmほど走っている。走行距離が減っているのは、歳をとったことに加えて、パンデミックの影響、そして仕事が忙しかったこと、編み物を始めたことなどが理由と思う。大会が近づき、少しずつ走行距離を増やした。10月に289km、10月は大会前までに200kmほど。一月半で、できる限りのことはやったつもりでいた。
目標は、まず完走(途中歩かずに最後まで走る)。そして、4時間以内に走りきれればと思っていた。
スタートで一番後ろに並んで、スタートラインを横切るのに6分半程かかった。走り始めてから、人ごみをかき分けながら走り続けた。時計は持たず、自分の体の調子のみを頼りに走った。
25kmまでは、このペースで走れば4時間を切りそうに思ったが、徐々にペースが落ち始めてかなり厳しい状況になった。それでも、歩くことはなく、ゴールまで走り続けた。走るというか、まぁ、走っていたはずである。
25kmまでは1kmあたり5分30秒程度のペースを維持していた。20km過ぎからペースが乱れ始めて、30km以降は6分ギリギリくらい。
ゴールラインを横切った時に、4時間11分ほどが経過していた。
とにかく、脚力が低下している。次は3月の大会に出場するつもりだが、鍛え直したい。
ゴールで妻が出迎えてくれた。へとへとになって、電車に乗って家に帰った。

三年ぶりのマラソン出場

明日、地元のマラソン大会に出場予定である。
三年ぶりのマラソン出走となる。2019年に同じ大会に出た。そのあと、パンデミックの対応で出場予定の大会は中止になった。
パンデミック以来、練習量がずいぶん減った。
アプリの記録によると、
2019年には年間3660km走っている。
2021年は2600km
2022年はまだ11月半ばだが、1621km。半分程度である。
今年に入ってから、同居者の感染やらなんやら。計画的な練習は難しかった。
本格的なトレーニングの再開は10月に入ってから、1ヶ月半で、完走できそうな手応えはつかんだ。
練習していて、大よそ1kmあたりで、30秒ほど遅い。
走り切れば、4時間を少し切るくらいのゴールになると思う。

眩暈とマラソンの準備

先日、ジョギング中に目眩を起こした。
走り始めて2kmほどのところで、なんだか調子がおかしいと思い、立ち止まった。休憩したほうがいいと思ったところで、目眩が始まった。初めは何が起きたかわからず、電信柱にもたれかかったが、ぐるぐると回り始めて、立っていられなくなった。
回転性の眩暈。耳鳴りなどはない。
すぐに収ったが、これ以上走ることを諦めた。妻に連絡して迎えに来てもらうことにした。
マラソン大会に向けてのトレーニングの途上の出来事である。
もしかすると、関連のありそうなエピソードを挙げてみる。
4日前に30km走ることを計画し、自宅から三宮に向けて走り出した。北野坂を上り戻ってきた。体力的にかなり厳しかった。28km辺り、ゴールが近くなった時に給水の必要性を感じた。自販機を見つけスポーツドリンクのボトルを買って、その時にウエストバッグに差し込んであった空になったボトルを屑籠に捨てようとかがみ込んだ時に、頭に強烈な衝撃を受けた。前額部を何かにぶつけた。それほど長くない時間、とにかく捕まって体を支えた。しゃがみ込んだ。
しばらくして立ち上がり、おでこを確認した。出血はしていない。意識も失っていない。手足も普通に動く。不安な気持ちはあったが、とにかく家まで走り続けることにした。
家に帰ってから吐き気があり、2度ほど嘔吐した。
頭蓋骨骨折、硬膜外血腫の可能性は低いと思うが、様子がおかしければ救急外来に行く必要があるかもしれなと妻には説明してから寝た。
まぁ、関係ないか。
妻が運転する車に乗り込み、とにかく自宅に帰った。
途中、再び目眩が始まった。
ぐるぐると目の前が回る。妻が運転する車の助手席だが、車がどの方向に加速していくのか見当がつかない。谷底に吸い込まれていくような気分になり、恐ろしかった。
とにかく、三半規管のトラブルだろう。体の方向やバランスを保つためのセンサーがトラブルを起こし、適切な行動ができなくなった。数日前の頭部打撲との関連は不明である。関係あるかもしれないが、調べていないのでわからない。
数日ジョギングを休むことにした。職場でも一度めまいの症状が出た。たまたまトイレにいた。洗面所の大きな鏡に自分の姿を映して見ると、めまいはかなりマシな気がした。自分の向きを視覚で確認できるのが良かったのかもしれない。
恐る恐る練習を再開し、なんとかなりそうな感じになっている。

円安

かつて、円高の時代に海外で生活した経験があるので、通貨のレートが不安定なことは深刻と思う。
私が子供の頃は、1ドルが360円の固定相場だった。
留学中は1ドル80円だった。今でもその感覚が抜けきらず、おおよそ1ドル100円くらいで換算してしまう。
戦争が始まったことをきっかけにしていると思うが、原油や天然ガスの値段が上がり、それが物価高の誘因となっているようだ。
対ロシア経済制裁に参加している国々が、ロシア産の原油や天然ガスの輸入を控える行動に出ている。輸入が減るので値段が上がる。エネルギー価格はそのほかの様々の値段に影響する。加えて、戦場になっている東ヨーロッパは、穀倉地帯で、小麦やひまわりの種の値段が上がっているようだ。
ロシアは外貨が欲しいので、輸出が滞った原油や天然ガスを、対ロシア制裁に参加していない、中国やインドに安く売っているらしい。世界全体としては、原油天然ガスがダブついて、ロシアがバーゲン価格をつける分、値段が下がりそうに思う。そのうちに下がるだろう。
インフレ対策として、多くの国が金利を上げている。金利を上げるとお金が市場に出回りにくくなり、お金の価値が相対的に高くなり、物価は下がる。但し、金利が高いと資金の手配がしにくくなる。新たな産業は起こりにくいし、資金に余裕のない企業は経済的に行き詰まるだろう。資金不足になれば景気の後退につながり、景気は原油の値段に影響する。
日本は、さほど物価が上がっていない。どうしてなのかよくわからないが、おそらく多くの企業が内部留保を相当に溜め込んでいて、原油高や円安による材料輸入の経費を相殺できるということだろう。物価がさほど上がっていないので、政府としても金利を上げる政策は取りにくい。むしろ、景気対策として行っていた低金利を続ける方向である。世界中がインフレに見舞われ、公定歩合を大幅に上げ続けている中、日本は低金利を維持する。これはなかなか良い感じではないか。
個人的な話として、住宅ローンをあと5年ほどで返し切ろうとしている。今は金利を上げてほしくないという気持ちでいる。
金利が上がっても、その分給与が上がれば良いのだが、そういうポジティブな展望は描きにくい。仕事を始めておおよそ35年ほど、給与はほとんど上がっていないのだ。
我慢比べの状況と思う。
円安圧力に負けて日本が金利を上げるか、金利を上げた国が不景気で転けるか。
毅然と「金利は上げない」と言い張るところを、珍しく私は支持している。
経済学を勉強したことはないし、なんとなくそう思う程度のことである。

鯛のお頭付き

長女が一時帰国して、何か美味しい物を作ることになった。妻がアイディアを出してくれる。
鯛のお頭付き。
アクアパッツァという料理である。
私の愛読書、「基本のイタリアン」によると、魚介から出るうまみだけでこんなにおいしい!「風変わりな水」という意味の、驚きの一皿」
とのこと。
鯛を二尾。あさり、アンチョビ、ケイパー、ミニトマト、黒オリーブがあれば、とりあえずなんとかなる。
近所のスーパーの鮮魚売り場で、鯛が手に入らず。鯛を求めて自転車を漕ぐことになった。JR駅前のスーパーの魚屋が大変充実しており、そこまで行けば確実に手に入ると思っていた。結局、JR駅前まで自転車を漕いだが、大変暑くてばてた。
立派な鯛を二尾手に入れ、料理を始めた。
鯛の下拵え。鱗をしっかり取る必要がある。以前に鱗取りを買ったので、活用する。内臓を取って塩を振る。フライパンを使って調理する。フライパンからはみ出すが、妻がお頭付きにこだわったので、尻尾を切り落とした。アサリを火にかけ、魚を加えてアンチョビケイパーを加えて蒸し焼きにする。本当はこの時にオリーブを入れるはずが、入れ忘れた。
ミニトマトを加えて火を通す。
サイドメニューはグリーンサラダ。アーモンドスライスを入れるのだが、妻は長女が好きな柑橘類を入れたいというので、グレープフルーツ、それからキウイフルーツを入れることにした。
食べ終わってから、オリーブとパルメザンチーズを入れ忘れているのに気づいた。オリーブはアクアパッツァに、チーズはサラダに入れるはずだった。

美味しかったので、また作ると思う。