生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

私の近況

自分が何を考えているのかよくわからないことがある。
こうして、パソコンの画面を眺めながら、キーボードを叩くと、文字が画面に並び、それらしいストーリーが出来上がっていく。
この文章を書いているのは誰だろう。
私は、思いついたことをキーボードでなぞるだけである。私の創作なのだろうか。
少し、スランプのような気がしているのは、コンピューターのプログラムが、私の思い通りに言葉を変換してくれないからかもしれない。職場のキーボードは明らかに調子が悪く。いくつかのキーは表示されにくいし、加減によって微妙に打ち出される内容が変わる。エラーの出やすきキーを打つときに私は意識する。少しでもそのキーに触らなくて済むようなことを考えている。
これが、私の創作なのだろうか。
いくつかの入力アシストの仕組みがあり、プログラムは私の思考を先回りして、次の言葉を補おうとする。単に仕組みを考えなくても入力できるなら、それは素晴らしい仕組みで、出来上がる文章は私自身の創作と言って良い。一方で、思い通りに変換されずに苦労する時、たまたま私が打ち込んだ文字列を、プログラムがあてずっぽうに漢字に変換するとしたら、それは私の創作と言っていいのだろうか。
入力プログラムを変えてから、さっぱり思い通りに変換されず、それがスランプの原因だったのかもしれない。でも、読み直してみるとそれなりに良い。
私は、自分が書いたものを、あとで読み直すことが好きだ。
わずか数行の文章も、私のインスピレーションの賜物である。となれば、面白いに決まっている。
読んでいると、過去の自分に触れることができる。
私は悶々としながら、年老いていく。
書いていて、能力が低下し、柔軟性が失われていると自覚する。悶絶しながら書いている。
しばらくしてから読むと、それなりに素晴らしい。
このようにして、私はまだしばらくは生きていかなくてはならない。
もう暫くは、自分のやりたいことをやる前に、やらなくてはならないことを片付け続ける日々が続くはずである。
仕方がない。
私は、時間を見つけて、走る。走るうちに、心地よい道を見つけ、それが生活するための糧になっている。
走る余裕がなければ、何も起こらない。少しずつでも、元気になる必要がある。
私はもう少し生きて行く。そのために生活している。

大型バイクで通勤する

職場の駐輪場の使用許可が厳しくなってから、公共交通機関の定期券を買って通勤していた。せいぜい月に一二度しかバイクに乗らない生活になった。
コロナウイルスの流行で、駐輪場の使用が許されるようになって、バイク通勤を再開した。
1200ccのツアラーである。
ある時、バイク通勤は楽しいが、渋滞にもまれるのは辛く疲れる。真夏の暑さも大変堪える。
それでも、何とか夏をやり過ごし、雨にも降られずに事故にも遭わず、バイクに乗り続けている。
私は運が良い。
おおよそ、47400kmで、ヘッドライトのバルブが切れた。ロービームが点灯しなくなったので、バイク屋に寄って、交換してもらった。
バイク通勤を再開した頃に、シートの張り替えをしてもらった。
ETCの調子が悪いのが、困った点である。
この頃は、国道2号線を使って通勤している。
いつまで乗れるか、分からない。
体力的にはかなりキツイ。

遠隔授業

仕事の話を書く。
兵庫県の阪神間に住んで、仕事に通っている。阪神間というのは、神戸市、芦屋市、西宮市、尼崎市のことである。伊丹市や宝塚市も含めるのかもしれない。
割と交通の便が良く、気候が穏やかである。
コロナウイルスの感染症が流行している。
兵庫県は大阪府や東京都程ではないが、流行は続いている。
大学で教員をやっており、大きな影響を受けている。
いわゆる、遠隔授業を行っている。
随分と手間がかかる。今は、後期から始まる講義の準備をしている。8コマ1単位分の講義資料を学生にまとめて配布するとのこと。前期は、pdfで配布して、画面で見るように指導していたつもりだが、実際には半分くらいの学生が何らかの形で印刷していたようだ。随分コストがかかるらしい。
職場の印刷機でまとめて印刷して、登校日に配布することにした。
この後は、webで実施する小テストの準備や、オンデマンドで提供する講義ビデオを用意する。
一度やっているので、やり方はわかるが、負担が大きいのは変わりなし。
全く楽でない。
こう言ったことの準備や、実際に遠隔授業を受講するのに、タブレット端末が役に立つ。
このようなものが発明され、商品化されていて本当に良かったと思う。
一方で、印刷して紙媒体で配るという、化石的な習慣は依然として残っている。それはしなくて良いように準備していると言っているのに、コンビニエンスストアの印刷機にお金を突っ込んで、コストがかかりすぎるという苦情が来る。
手間を掛けて、印刷せずとも講義が受けられるようにしているつもりなのに、残念である。
いろいろな意味で、今回は運が良かった。
というのは、流行が始まった時点で、昨年度の成績評価や、入試、国家試験などが終わっていた。卒業式のようなセレモニーを中止すればそれで何とか対応できた。
その時点で、新学期は遠隔実施になると読んでいて、その準備を進めるように進言していたけれども、大学は動き出すのが遅かった。方向性を決めるのに、1ヶ月くらい無駄にしたと思う。入学式やいろいろなセレモニー、行事など、最初から全部中止にして、遠隔授業を円滑に進めるための準備をしたら良かったのにと、今でも思う。
学生の希望者全員にタブレット端末とポケットWi-Fiを貸与する必要があった。
それで学生の遠隔授業の環境を揃えたら、こちらの無駄も減っただろうし、遠隔授業に関する苦情も減っていたはずだ。そのための予算は、学生一人当たり10万円程度か。
そういうことを話し合ったり、アイディアを出したりする仕組みをすぐに作れば良かったと思うが、未だに出来ていないのは残念である。
タブレット端末の有用性については、随分前から着目していて、研究室に配属された学生には、全員に研究室予算から提供していた。
文科省がそう言ったことについて、きちんとした方針を出していれば、職場も動きやすかったのかもしれないが、文科省は今もってその場しのぎの通知を送ってくるばかりである。
そのしわ寄せは大学の教員が被り、被害者は学生である。

近況

犬くんは、我が家に来て2ヶ月を過ぎ、生後5ヶ月を迎えた。
体つきのバランスが成犬に近づいてきている。体重も増えて、体毛も成犬ぽくなっている。
朝夕の散歩も、まぁ順調である。
盲目のハンデはいろいろなところに感じており、手当たり次第に噛みつこうとするし、なんでも口に入れようとする。散歩中もいろいろな音が気になって、動かなくなる。階段の上り下りに苦労している。
とにかく、健常な犬よりかなり手間がかかることは間違いない。
トイレトレーニングにも苦労している。
大便は散歩中にしてくれるようになった。排尿は、どこにして良いのかわからないようだ。
幼犬の間だけと思っていたケージを、自分の棲家のように思っているようで、結局居間の一角にケージを出しっぱなしである。犬はその中で寝て、寝ている間は排尿しない。夜は寝床としてマットを敷いて、目覚めたらトイレ用のシートに取り替える。
ケージの中で排尿したら、褒めてお菓子をあげる。その繰り返しで、少しずつ成功率は上がっている。
噛みつき方も少し大人っぽく手加減するようになってきた。
柴犬にも、いろいろなタイプがあるが、ミライは以前に家にいたコロによく似ている。手足が長く、鼻筋が通っている。いわゆる、縄文柴のタイプと思う。
犬といると楽しい。これはコロの時にも感じていた。
毎朝、少し早起きして散歩に連れて行っている。
仕事の方は、楽でない。コロナ対策で悶々としている。
それについては、明日にでも続きを書くことにする。

車を買った

自家用車を新調した。
かなり大きな買い物で、簡単な決断ではなかったが、車はやはり必要で、もういい加減買い替えの必要があった。
40年近く前に、初めて自分の車(シビックCVCC)に乗って以来のホンダユーザーであるので、ホンダの車から選ぶことに躊躇はなかった。
25年近く前に新車で購入したオデッセイに乗り続けていたが、前回車検時に部品が手に入りにくくなっている話を聞き、買い換えることにした。
Fit Crosstarのハイブリッドにした。
ひと月ほど乗ってみての感想。やはり小さい。人の乗るスペースは十分だが、荷室が狭い。自転車など乗らないだろうし、引っ越しには使えそうにない。
加速が良くて、運転はし易い。
左前方の確認がしにくい。直射日光が当たるとダッシュボードがフロントガラスに映り込んで前が見にくい。バッテリーが足りなくなるとエンジンが掛かって、アクセルの踏み応えと関係なくエンジンの回転が上がるのが、違和感。アクセルペダルの踏み込みは、モーターの駆動をコントロールしているのだろうけど。
意味不明の表示がいくつかある。
電動式のサイドブレーキと電動モーターの組み合わせって、坂道発進はどうなっているんだろう。
スイッチ切ると窓閉められない、ドアミラーも畳めない。車内の照明は点いているのだけどね。