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生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

寄り道した

こどもの日だそうだ。
私もかつて子供だった。親子関係という意味では、生涯私は両親の子供なのだ。
そのようなことを考える余裕は余り無い。夜になって寝る前に一日の出来事を思い出しつつ日記を書くときに思うのみである。
妻と出会って30年である。新しい家族と過ごすようになって25年。すでに、妻と過ごした時間がそれ以前よりも長くなっている。
こどもの日に備えて、兜飾りを出した以外に特別なことはしていない。別に子ども達が何かを求めてくることもない。連休という意味でも、子ども達は自分の時間を過ごしている。かといって、家族がばらばらなのかというとそうでも無い。
妻は今日から仕事が休みになった。私は、次週の講義のための準備をいつも通りにやらなくてはならない。
少し寝坊し、朝食を済ませてから犬と散歩に出て、その後バイクに乗って仕事に向かった。
自宅から職場までのライディングだが、楽しくない。渋滞、取り締まり、そして信号待ち。
職場では久しぶりに部屋の床をに掃除機を掛けた。少し片付けて、仕事。講義資料の印刷など。
仕事が終わってから思い立って、六甲山経由で帰ることにした。夕方の六甲は、上りはわりと空いていて下りが渋滞である。
鶴甲から表六甲ドライブウエイを通って六甲山頂経由。芦有ドライブウエィ経由で下り帰宅した。上り下りは2速と3速の間を行ったり来たりで、時々1stまで落とす低速コーナーの連続である。間違ってもセンターラインを越えない走りが必要で、まぁ楽しくはあるが体力不足が足を引っ張る。それから300kg近い鈍重な車体と。
途中、芦有ドライブウエイの東六甲展望台の駐車場に止まってソフトクリームをいただいた。山岳地の平坦でない駐車場にバイクを停めるのに一苦労。危うく車体を倒すところだった。

泊まりがけで研修に行っていた長女が帰宅した。沢山のカレーが土産。幾つかのマスコミに取材を受けたそうだ。
帰宅後、長女が土産に持って帰ったカレーを夕食に摂り、ジョギングへ。
気温が高めなのは分かっていたが、少し着込んで山手幹線を尼崎へ。二号線を走って戻るコース。庄下川の川沿いを走った。割と調子が良く、手応えがあった。
22.13km, 2h10m00s, 1315cal, u/d 65m, 22°
三女は野球場でアルコール飲料を売るバイト。楽しそうだ。


高等教育の無償化を憲法の規定に書き込む話。
大学まで含めるのだろうか。
恐らく、この規定により大学が淘汰され、多くの大学は生き残れないだろう。従来の補助金に加え、授業料まで国庫から出ると言うことになれば、大学の質保証という意味でより厳しい要求が出てくるに違いない。多くの大学はそれを満たすことは出来ないだろう。ごく一部を残して、大学は生き残れないだろう。
教育の機会均等。そして、選択の余地を残すという意味で良いことでないと思う。
どうなのだろう。

山が近く見える

昨日(憲法記念日)

仕事が休みの日は少しだけ寝坊し、朝の犬の散歩に出かける。自宅近くの川沿いの遊歩道をゆっくりと歩く。同じく犬と散歩している人や駅へ向かって歩く人、ジョガーやウォーキングを楽しむ人など、休日の朝は賑やかである。
散歩が済んでから職場へ向かう。
休日なのでバイクでも良いが、今日は三ノ宮で買い物をする予定があり、電車に乗る積もりで駅まで歩いて、財布に定期が入っていないのに気づいた。昨日ジョギングしたときに、ランニングパンツのポケットに入れた。途中調子が悪ければ電車に乗って帰る、あるいは駅のトイレを借りるオプションのためである。何時かはやるだろうと思っていたが、ポケットに入れたまま洗濯機に放り込んでしまったようだ。駅から自宅まで歩いておよそ10分ほど、往復しているヒマは無いと思い妻に電話を掛けて駅まで届けてもらうことにした。ICチップが埋め込まれたプラスチックのカードは水には強いらしく洗濯後でも問題なく改札を通ることができた。
職場では、講義資料の準備と部屋の片付け。ほんのちょっとした模様替え。
夕方に三ノ宮により、仕事の途中で明日わが家に寄る予定の義弟にお土産を買い、ついでに私のズボンとシャツを買った。義弟はわが家に寄ったあとにフェリーに乗って九州に向かう予定なので、フェリーの中で楽しむつまみとお酒をデパート地下で選んだ。櫻正宗と百黙(菊正宗)を選んだ。
その後、紳士服売り場に上った。私は普段はデニムジーンズばかりなので、それ以外のズボンを調達してはという妻からの助言に従った。店員は白というが、私にはグレーに見える薄手のパンツを選んだ。ウエストが少し緩かったので2センチほど詰めてもらうことにした。シャツはブルーの遠目には無地に見えるもの。
帰宅したところ、夕食をひとりで食べていた息子が電話を取っていた。聞くと、塾の振り替えがあるのを忘れて電話で呼び出されたとのこと。車で送り届けることにした。
なんやかんやでジョギングは諦めた。昨日はかなり無理をしたので一日休むのが良いような気もした。
妻と少し酒を飲んでから寝た。


総理大臣から、憲法改正についての重要なスピーチが発表された。
言っていることは悪くない。しかしながら、今までご自身とその党派の方々の主張と整合性がとれていないように感じる。要するに、この方のおっしゃることは信用できないということ。第9条(戦争の放棄)については、全くいじる必要は無いと思う。自衛の権利については、別条を立てて規定したら良いのでないか。集団的自衛権についても(私の意見では「認めない」とする方向で)憲法に追記するべきと思う。教育については、二十六条に何か追加する必要があるとは思えない。全ての教育は無料とするというなら、解釈で十分に思う。その話になると、教育の質保証がよりうるさく言われるようになるだろう。教育機関に身を置くものとしては、雑務が増えることに少し心配する。
憲法の改正については、先ずはどこがまずくて何を加える必要があるか、きちんとリストアップして欲しい。

本日(みどりの日)

雲が多い。朝から犬と散歩。戻ってから家の前で洗車した。午後から義弟が来ることになっていたので、仕事には出ず。家でパソコンに向かう。大体のことは自宅でもできるが、家族がザワザワしていると余り集中出来ない。妻が、落ち着かないね。というので、その通りだと答えた。平日の職場ではそれどころで無いのだ。何かに取りかかろうとすると声が掛かる。全く落ち着かないのである。休みの日に職場に行くのは落ち着いて仕事に取り組むことができるからである。
義弟は北海道の土産をいくつか持って来てくれた。この後南港からフェリーに乗るとのことで、ゆっくり話しをするヒマも無かった。妻も丁度仕事に出たところで、私と三女、それから犬が歓迎した。
午後からはさらに仕事。片付けなければならないことがいろいろとあった。
夕方からジョギングに出た。
雲が切れて夕陽が差し始めていた。山が近くに見える。
理由は良く分からないが、そういう日が年に二三度あると思う。空気が澄んでいるためだろうと思っている。
一昨日の20miでダメージがまだ残っているのかも知れない。日中走るときはひと目の少ない山に向かうことにしている。遊歩道から阪急夙川駅前を通って越木岩筋に出た。そのまま山を登っていき、県道をさらに上る。柏堂西町交差点を左折し、北高交差点を右折、リハビリ病院経由でフルコースに向かう。とにかく驚くほどゆっくり走っている。ペースが全く上がらない。まぁそれでも良いかと重いながら走り続けた。歳を取るというのはこういうことなのだろう。しらんけど。

ニセアカシアが咲き始めていたり、名も知らぬ白い花が咲いていたりして、時々立ち止まって写真を撮った。山から眺める瀬戸内の海も随分近くに見えてきれいだった。

何とかフルコース全ての坂を登り切り、芦屋川沿いを下りながら、もう少し付け加える必要があると考えた。余りにゆっくりと走っている。開森橋を渡って女子校の坂を上ることにした。

女子大前の坂を下っていくと賑やかな雰囲気が聞こえてくる。八幡神社のお祭りのようだ。道沿いには注連飾り、その先には地車が提灯をともして廻りに人だかりが出来ている。私はその道を走り抜けるつもりで居たが通れそうに無いので、迂回することにした。

山手幹線に出て、そのまま住吉川まで走り、下って2号線を東に戻り、帰ってきた。
26.84km, 3h04m08s, 1686cal, u/d 585m, 22°
大変キツかった。後半は少しペースを上げることが出来たが、最後はヘトヘトになった、いつもよりアンダーシャツを一枚減らしていたが、随分汗を掻いた。
帰宅後、軽く筋トレを済ませて風呂に入り、妻と義弟のお土産を魚にビールを飲んだ。

twenty miles

日記を書くのを後回しにするほど、忙しいというか余裕が無いのである。
下書きばかりが溜まっていく。
大変良いお天気で、気象予報士によると「一円玉」なのだそうだ。オチは「崩しようがない」。
長女は大学の実習で数泊の合宿に出掛けた。早速、地元テレビの取材を受けたようだ。YouTubeに上がっていた。
私は、本部の方で実習の手伝いを頼まれ朝から出張である。約束の時間が普段の朝より遅いので、犬と散歩を済ませてから家を出た。

夕方までびっしりお手伝いである。途中、本部の中にあるコンビニに水を買いに行って、卒業生に声を掛けられた。
「あ、先生」背後で声がして、背中をつつかれた。人事広報で数名の卒業生が就職していることは知っていた。振り向くと、二人。丁度お昼時だった。声を掛けてもらってありがたいと思った。もう少し嬉しそうにすればよかったと今にして思うが、後の祭りである。
夕方まで立ちっぱなしの作業で、疲れきって帰宅した。犬の散歩から戻った三女と夕食を取った。
ひと休みしている間に妻もパートから帰ってきた。
走りにでた。
調子を見ながら、長く走る積りでいた。
阪急夙川まで遊歩道をゆっくりと走り、山手幹線へ。芦屋川から阪急の山手の道を下り、岡本の商店街を走って住吉川を渡り、阪急御影を回って六甲登山口、動物園経由で北野坂へ。北野坂は芝生を貼り付ける工事をしていたようだった。連休中のイベントだろうか。
三宮に下ってダイエー横から旧西国街道を岩屋まで。2号線に入ってそのまま走り続け、芦屋川を渡ったあと住宅地の中を通り帰宅した。
32.05km, 3h12m15s, 1916cal, u/d 285m, 19°
タイツ、短パン、長袖アンダーシャツ、長袖ランニングシャツにジャケットを羽織る。右足首はサポーターを着けている。
ジャケットは無しでも良かったかもしれないが、少し負荷を掛けたいと思った。
体調を確かめながら走った。
東灘の住宅地はお祭りの時期らしく縁日が並んでいたり、道沿いにしめ縄が張り巡らされ、良い雰囲気である。なんと言うか、神聖で精気がみなぎるかんじがして、心地よい。
芦屋川を越えると残りは4キロ足らずだが、体力が尽きかけていた。あとは自らを鼓舞しながら家までたどり着いた。
普段、20kmならそれほど負担に感じずに走り切るが、30kmを超える距離は20km走った後にさらに1時間余り走ることになる。
体力的に使い切ったという意味で、良い練習が出来たと思う。
大変キツかった。夜8時を過ぎてから30km以上走るのはかなりタフなミッションである。ミッション。笑い。
疲れた。眠い。

週末はバイクで

電車で通勤するようになって一年余り。
まぁ、楽だ。ヘルメットやらジャケットやら、そういったものに気を遣う必要も無い。警察のレーダー波を浴びる心配も要らない。
電車に乗っている間は、ツイッターのタイムラインを追っていることが多い。
しかし、バイクを手放す気は無く、週末はなるべくバイクに乗ることにしている。
先日、美容師と話をしていて、大型スクーターはもう廃れたというような話しを聞いた。美容師自身も250ccのクラシックなスタイルのバイクを所有している。
そういえば、最近大型スクーターを余り見かけなくなった。
スクーターの主流が250ccから125ccに移行しているようだ。125ccは免許区分上は小型なので、大型スクーターとは呼びにくい。
大型スクーターは確かに外見はとても大きい。バイクのカバーは私の1200ccツアラーのものと同じくらいの大きさを選ぶ必要がある。車重も200キロくらいある。しかしながら、発動機はせいぜい250ccの単気筒で、車体の大きさと釣り合わない。
自動車学校の教習ででスクーターに乗ったが、面白いとは思わなかった。何が良いのか私には理解できない。
廃れつつある原因として、免許制度の問題やバイクをめぐる環境の問題が有るのだろう。
しかし、大型スクーターの次のステップが残念ながら用意されていなかったと思う。より排気量の大きなスクーターや、高級な装備のものは遂に登場せず、大型スクーターからステップアップする先が無かったことは残念である。結局、250ccのスクーターは30年前のFusionを越えることができなかったのだろう。或いは、55年前のM80ジュノオの失敗を未だに引きずっているのかもしれない。
大型スクーターを飾り立てて楽しんでいた人たちが、その後にどこに向かったのか分からないが、バイクの業界にとっては勿体無い話である。
走りに出た。
尼崎に向かった。臨港線をゆっくり走り始め、大関から酒蔵通りへ。医科大をかすめて武庫川駅脇の歩道橋を渡り、線路沿いを走って出屋敷線からアーケードのある商店街を通り県道142号から山手幹線を直進し戻って来た。
21.90km, 2h08m15s, 1301cal, u/d 51m, 18°
後半は少しレースが上がり、楽しかった。
連休が始まったようだが、カレンダー通り。講義などは一コマも休みにならない。
いつも通りである。
庭のハナミズキが咲いた。日当たりの悪い側に植えた運の悪い方が今年初めて赤い花をつけた。

近況

髪の毛が邪魔になってきた。
恐らく、また少し伸びて新たなステージに入りつつあるのだろう。
少し前に、前髪が食事中に口に入るようになった。
今気になっているのは後ろ髪が広がることだ。
邪魔そうに見えるのは不本意である。
前髪にちらほらと白髪が増えてきて目立つ気がする。まぁ歳なのだから仕方がない。
三女が新しいバイトを始めた。野球場でアルコール飲料を売る仕事である。客席まで樽を担いでいって、その場で注いで売る。そのような仕事そのものに興味があって、是非やってみたかったらしい。アルバイトに応募して、随分待たされて遂にお呼びが掛かった。
売り始めてしばらくは全く声が掛からなかったそうだ。最初のお客さんに声を掛けてもらったときに、本当に嬉しかったとのこと。その後は次々と声を掛けられ、よろけて階段から落ちるまでは随分売れたとのこと。はじめは軽い樽だが、からになって交換するごとに少しずつ中身が増えて重たくなるのだそうだ。
転んで脚を打撲したところで、帰らされたとのこと。本人は大変やりがいのある仕事と感じているようだ。
いろいろな経験をしながら、成長していくと思われる。
次女は、就活である。就活は大変確率が低いチャレンジである。断られるごとに落ち込んでいると気持ちがもたない。目下成長している最中である。取り組みながら、自分の本当に目指していることが徐々に見えてくるようだ。もうしばらく続くと思われる。
長女は卒業制作の構想を練っている。大学内で多くのつながりが出来ているようだ。
息子は、日々成長中。朝起きられるようになると良いと思う。背も伸びた。
走った。
臨港線から芦屋川、深江経由で魚崎の酒蔵通り、住吉川を渡りさらに都賀川まで。さらに進んでラブホ街から歩道橋を渡り西灘、2号線に進みまっすぐ戻ってきた。
24.16km, 2h22m49s, 1438cal, u/d 102m, 17°

ストレス発散

就職活動中の次女と話しをする。
到達点ははっきりしているようで、実は曖昧である。
希望している業種の企業から就職内定通知を手にすることが目標であるが、取りあえずどこでも良いからひとつ内定が欲しいという目標になっている。
全く曖昧である。
彼女が拘っている業種があって、一方で、20社、30社と志願しておいた方が良いと助言してくれる人が居るようだ。
志願するのも楽ではない。自己分析、業界研究、履歴書の作成など、厄介なルーティン作業が待っている。
数十社の志願実績を作るには、とにかくゴウセツという名の説明会に顔を出して、海千山千の人事担当の話しを聴く。彼女のこだわりと少し外れた企業の説明を聞くたびに、惑わされ不安が募る。売り手市場と言われているが、一人が10社志願すれば8割強の志願は不合格になるのである。お祈りメール(今後の活躍をお祈りする)を受け取る確率は80%を超えるわけで、タフでなければ生きていけない就活ワールドに彼女は生息している。
そして私はワールドの中で観察し、少しでも心を軽くしてあげられるような言葉掛けをすることの無意味さを感じている。
結局、本人が気付くしかない。自分のスコープに入らない企業に志願しても無駄なのである。志願の8割は蹴られるに決まっており、そのような企業に蹴られることに何一つ建設的な意義は見いだせないのだから。
この現実に自らが気付くしかないと思う。
本人が、その理屈に気付きつつあり、あとは思い切るだけ。興味のない業界に志願するのは時間と体力と気力の無駄な消費であるという助言を彼女はようやく受け止める余裕が出来たという段階である。
これは、学生の立場に立った改善が必要である。取りあえずは、在学中の就職活動は禁止して、学生である間はきちんと専門分野の勉強をしていただく。就活は勉強の邪魔である。卒業してから就職先を決めたら良い。それで良いではないか。
私の方は、会議や打ち合わせに時間を取られている。
どうにもならない。ストレスフルである。強く感じる。どうしてよいか分からない。
カレンダーが埋まっていく。余裕が無い。
今日も一日埋まっていた。
ストレスが掛かっている。発散するにも時間がない。そんな感じである。

速く走れない

良いお天気。明日から崩れるという予報が出ている。
朝から腹痛で、何度か個室に入った。
午前中は打ち合わせ。数名の学生相手の講義。
お昼に新入生と面会。打ち合わせ。
実習の指導をしつつ、夕方にまた会議。
帰宅。
何も成し遂げられぬままに帰宅。電車内ではウトウトしていた。
走りに行った。
今日もジャケットを羽織り、少し暑めの格好である。相変わらず右足首はサポーターを巻いている。
臨港線を西に向かい、芦屋川から43号線へ。住吉川を渡って西の堤防を川上に上り、新落合橋を渡って岡本の山の中を通り、小路八幡の脇を抜け、女子大、女子校の坂を上った。芦屋の住宅地を下り開森橋を渡って阪急沿いを宮川まで走り、山手幹線に出て帰宅した。
18.67km, 1h57m52s, 1134cal, u/d 199m, 19°
調子の良し悪しではなく、遅い。速く走れない。
厚着しているせいかもしれない。
速く走る練習が必要なのだろう。
前髪に白髪が増えてきた。
ほんの少し、手当が増えて給料が上がった。全くほんの少しである。
半島の危険な状況について、恐らく米国の先制攻撃があると思う。政治学者はあり得ないと言うようだが。
大統領は弱腰と見られることを嫌う。そして、彼のスローガンを思い出すと良い。
Make America grate again!
半島の北の国ももしかすると大統領が先制攻撃に踏み切るのを待っているかも知れない。
反撃するための兵器は用意されており、それを実戦で使いたくてうずうずしているに違いない。総書記も大統領と同じく、弱腰と見られることを嫌うだろう。
反撃の矛先が日本に向かう可能性はかなり高いと思う。それを防ぐには、とにかく大統領の方に自制をもとめることと思われる。
或いは、数発のミサイルの着弾による数十名程度の人的被害は覚悟するか。