生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

柵は多様な目的に使われており、その意味は置かれている場所により様々である。基本的には、境界線を明示する目的と思う。


「これ以上、隙間が狭くなったら進入禁止」という範囲は、柵によって明示されていたのです。問題の回転扉は、何の注意事項も示さず、ただそこにあったわけではありません。柵によって、誰の目にも危険領域が判別できるようになっていました。

危険領域は、柵によって「暗示」されていたのではないですか?二本のポールの間に帯を渡したものを置いておいて、事故防止用安全柵とか、駆け込み防止対策と主張するのはいささか無理がある。その手のポールは境界を引くもので、事故を防止するものでないからだ。明示するためには、誰の目にも入る大きさ、子供の視線の高さに、ひらかなで、死亡事故が起こるかもしれないので、この場所に近づかない様に、と、「明示」すべきだった。(それとて、字の読めない子供には意味がないが、親に対する警告にはなるだろう)
様々な経験を積んでいる大人たちは、柵が駆け込み防止の措置であること、駆け込みが事故に繋がる可能性があることを予想しうるが、よもや、挟まれたら最後、致命傷を受ける可能性が高いことまで、あの柵は暗示も明示もしていない。
恒久的な、固定された、乗り越えなければ入り込むことが出来ない様な柵を設置する必要があった。
少々論点がずれたと思います。
柵を尊重する様に、また、日本の街角には、たいしたことでもないのに柵が多く置かれ過ぎていると云うご指摘は、ごもっともで、耳が痛いところです。あるのが当然と思いつつ、日々の生活の中では、そこに設置されている意味を考えるゆとりがありません。ビルの管理者も、より慎重に、柵を設置する意味を考えていれば、事故を防ぐことが出来たのではないかと、思い及ぶ次第です。