生活

面白いことは特にない、ただの日記です(投稿後に、二三日かけて書き直します)

急かされることと急かす人

ロサンジェルス近郊で生活を始めて、スーパーマーケットが印象に残った。ほとんどの人は、車を利用する。広大な駐車場に、頭から車をつっこみ、スーパーマーケットの入り口で、巨大なカートを手にして、店舗に入る。ずらりと並んだレジ。一番手前は野菜売り場であることが多い。色々な種類のリンゴが山積みになっており、壮観である。
店舗内を一周すると、カートの中は大量の商品で溢れる。たいていの人は、一週間分をまとめ買いする。
レジのまえには、買い物客の行列が出来る。賞品が多い上に、ほとんどの人は小切手かクレジットカードで支払うから、会計を済ませるのに些か時間が掛かる。売り子と世間話をしながら、小切手にサインする。もたもたしているように見えるが、誰も文句を言わず、行儀良く並んでいる。誰も急かす人は居ない。一番端のレジは、商品数10個以内で、現金払い専用の「エキスプレス」である。買い物客はルールを守る。
帰国後の話し。職場の売店は、昼食時に随分混雑する。行列が出来るが、ほとんどの人はお弁当と飲み物程度であるから、待ち時間は僅かだ。狭い店内では長く見える行列も、実は大したことはないのだ。
しかしながら、しばしば売り子に急かされる。前の人レジうちが終わり、財布から現金を出して支払い、釣り銭を受け取り、商品を受け取ってレジを離れる。つぎが私の順番なのだが、先客のレジ打ちが終わると、先客の脇から売り子が手を伸ばし、私を呼び込もうとする。ホンの5秒ほどの時間を節約しようとしている。私も急かされるが、先客も急かされる。早くどけろといわれているようなものだと感じる。私は別に急いでいないし、5秒や10秒、待ち時間が増えたところで、どうということはない。たまたま混んでいる数分間に出くわしただけで、行列は直ぐに短くなるのだ。急かしたくないし、急かされたくもない。
開かずの踏切というものがあって、始めてそこを通る人はイライラするだろうが、いつも利用している人はそうではないと思う。係員が気を利かせて、ちょっと早めに踏切をあけてくれることがあるらしい。大丈夫なのかと思う。信用して良いものか。どういうルールであけたり閉めたりしているのだろうか。
係員は気を利かせてくれている。直ぐに電車が通るから急いで渡れ、と、急かしているとは、夢にも思わなかったのだろう。そうだと知っていたら、いや、別にそういうチャレンジはしたくない。安全になるまで待つから、よけいな気を利かせないで下さい、というところだが、まさかそんなやり方をしているとは思わない。ルールが何のためにあるのか。ルールを決めた根拠は何なのか、仕組みを知らされない市民にとって、出来ることは係員の指示に従うことだけだ。
もし、自分が何か間違いを起こしたら大変なことが起こる、という自覚が、係員にはあったと想像する。毎朝、仕事に出かけるのが憂鬱だったのではないか。
時差式信号とか、交差点の右折とか、チャンスに賭けて下らない命がけのチャレンジをいつの間にか強いられていることが、日常の中にはいくつかある。踏切の一件もその一つだろう。